まじめ人間のつれづれ日記

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zoom RSS 私が考える「公共の福祉に反する行為」

<<   作成日時 : 2006/10/19 13:18   >>

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判決要旨 1、

我が国において,日の丸,君が代は,明治時代以降,第二次世界大戦終了までの間,皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられできたことがあることは否定し難い歴史的事実であり,国旗・国歌法により,日の丸,君が代が国旗,国歌と規定された現在においても、なお国民の間で宗教的,政治的にみて日の丸,君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況にあることが認められる。このため,国民の間には,公立学校の入学式,卒業式において,国旗掲揚,国歌斉唱をすることに反対する者も少なからずおり,このような世界観,主義・主張を持つ者の思想・良心の自由も、他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反しない限り,憲法上,保護に値する権利というべきである

-----------------------------------

公共の福祉に反しない限り、少数者の権利は保障されるべき、と言う判決か。

でも現実にはこうした状況が学校現場で長期に継続したことが、大いに公共の福祉に反する、どころか国家転覆の危機すら招いているのではないか,と思えて仕方がない。
このことから右派が彼らに「反日」とレッテルを張りたくなるのではないか、と推測している。

国家意識が希薄な上に日米安保に寄りかかっていることから、国家の危機に対しても鈍感にならざるをえないのではないか。


これまでの日本は、国旗を掲揚する家庭が少なく、学校でもスポーツの場ですら起立、斉唱する時いかにも億劫な、気乗りしない態度で臨んでいる人が多いのが常態化しているかに思える。それでも国旗国家法が制定された、というのは不思議なくらいだ。私にはこうした姿に敗戦の影が感じられる。
GHQ政策による策略もあったのではないか。

こうした流れが拉致犯罪を許したのではないだろうか。

「健全な」国家観を育てることは必要だ。それがなくして当たり前の危機意識は生まれないと思う。

よって義務教育の場で国旗国歌を自然のうちに定着させることに反対している教師は結果的に、日本国民全体を国家観の希薄な民族に方向づけ危機意識の脆弱な民族にしてしまう、という危険を冒していると言える。

これが私の考える「公共の福祉に反する」意味だ。

-----------------------------------------


国旗・国歌法の制定・施行されている現行法下において,生徒に,日本人としての自覚を養い,国を愛する心を育てるとともに,将来,国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長させるために,国旗,国歌に対する正しい認識を持たせ,それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。そして,学校における入学式,卒業式等の式典は、生徒に対し,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わさせ,新しい生活への動機付けを行い,集団への所属感を深めさせる意味で貴重な機会というべきである。このような入学式,卒業式等の式典の意義,役割を考えるとき,これら式典において,国旗を掲げ,国歌を斉唱することは有意義なものということができる

国旗,国歌は,国民に対し強制するのではなく,自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり,学習指導要領の国旗・国歌条項の理念と考えられる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
判決要旨 2、


国旗・国歌法の制定・施行されている現行法下において,生徒に,日本人としての自覚を養い,国を愛する心を育てるとともに,将来,国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長させるために,国旗,国歌に対する正しい認識を持たせ,それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。

そして,学校における入学式,卒業式等の式典は、生徒に対し,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わさせ,新しい生活への動機付けを行い,集団への所属感を深めさせる意味で貴重な機会というべきである。このような入学式,卒業式等の式典の意義,役割を考えるとき,これら式典において,国旗を掲げ,国歌を斉唱することは有意義なものということができる

国旗,国歌は,国民に対し強制するのではなく,自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり,学習指導要領の国旗・国歌条項の理念と考えられる。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
判決はこのように国旗国歌法に基づいて、学校で掲揚,斉唱することは「重要であり有意義である」としている。

ところでこんな裁判やっている国が他にあるのだろうか?
ドイツでも敗戦後謝罪、反省ムード一色で国民が一丸となって
ナチスだけに罪をきせることに同意してきた、それが功を奏して
ドイツ軍も国際紛争の平和貢献で派兵することが公認されている。これまでちまたでは彼らドイツ人の反省が本物であり敬意の念をこめてその潔さを褒めちぎる人達すらいる。
が、果たしてそうだろうか?
日本は昭和になって初めて普通選挙があったが、ドイツでは国民が熱狂的にナチスを支持し選んだ経緯がある。戦後いきなり180度変わって真の反省など急展開で人間が変われるものなのだろうか、、、?という疑問が残る。
戦争に明け暮れた経験が生きて「要領がいい世渡り上手」なのかもしれない。
彼らがキリスト教徒としてどうしてあそこまで残忍になれたのか、他の欧州人もそれまで信仰を続けてきたのに怖かったとはいえ一緒にユダヤ人を迫害し加担してきた。この罪は未来永劫語り継がれるだろう。残忍さにおいては日本人など物の数ではないかもしれない、何しろ人間を「原料」として扱える神経を持っている人達だったわけだから。

日本はA級戦犯だけに罪をきせるのは「しのびない」という国民感情から社会党員も積極的に戦後彼らの死を「公死」とし、犯罪人としての汚名をとりのぞく工夫をしていたようだ。さらに遺族にも補償を、ということで合祀を取り決めたようだ。

こうした日本民族の感情ってただ単に「やさしい」と受け止めるべきか、「権力に弱い」と受けとめるべきか、両方か?
赤紙一枚で無謀な戦場に借り出され犠牲者の役7割の兵士が
飢え死にという「戦う前に死ぬ」死に方=犬死をさせられた、、
なのに戦犯と呼ばれる彼らに同情して何とかして名誉を回復してあげようという、、、ためいき。ドイツ人との何と言う違い!

しかし指導者達の日本国民に対する責任は明治憲法では問えないらしいけど、人道的にはあるはず。
靖国参拝が東アジアでの外交問題に発展しているが、日本もA級戦犯だけに罪をきせてもらって分祀させ、天皇も参拝できるようにする、という麻生太郎氏の案にしてしまえばいい、と思う。


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内 容 ニックネーム/日時
判決要旨の最初の主語は「日の丸」「君が代」になっているので、国旗、国歌、国家についてはとりあえす棚上げして書きます。一緒に論じるとごちゃごちゃになるから。「日の丸」は明治維新の前後に薩摩藩が一度徳川幕府に押し付けて、その後取り返して国旗としたもの。「君が代」も薩摩藩の大山巌が外国(イギリスだっけ?)に言われてあわてて、薩摩藩で良く謡われていた歌詞にフェントンに曲をつけさせ、その後すったもんだして今の曲に落ち着けたもの。どちらも、薩長政権が、明治天皇を表に立てて日本を経営していくよ、という国内外へのメッセージとしてのハタとウタだったわけ。
まず、日の丸、君が代について1
2006/10/19 15:49
(上に続く)
そして1945年に初めて日本は敗戦を迎えて、今までの経営体制でいいのか?
と多くの人が考えたわけだ。それに結論が出ないから国旗、国歌法ができるまで長いこと、君が代、日の丸は国歌でも国旗でもなかったわけ。それを戦後ずっと国旗、国歌があったようなことを言うのは間違い。
で、私は、やはりあれだけの敗戦にいたったのは、日本の経営になんらかの間違いがあったわけだと考えるから、明治維新以来の薩長閥の流れを引っ張るような、君が代、日の丸には反対、ということ。次のブログはご参照まで。http://blog.livedoor.jp/planet_knsd/archives/50719904.html
natunohi69
2006/10/19 15:50
えーと、ややこしいなあ。国旗、国歌はとりあえず、後にしようぜ。一緒に論じるとわけわかんなくなるから。私の五代前の先祖は坂下門の尊皇攘夷側のテロで死んだ。結論からいうと、その死は薩長土肥のいわゆる西方雄藩によって使い捨てられた。例えば相良総三の子孫やまして、会津の下級武士の子孫にとっては、日の丸や君が代はどう映るんだろう。東條英機親子の薩長藩閥に対する恨みや、2.26の青年将校たちの東北農民の窮状への共感が日本をどういう所へみちびいたのか?それでももう一回薩摩藩の「日の丸」「君が代」なのかい?価値中立と程遠いだろ。
natunohi69
2006/10/19 17:35
さすがにkusukusu氏に追い出されたよ。
 こっちに張って置くよ。
 
だまされるとこだった。
 日の丸のルーツはこれでしょう?
 だらが薩摩の旗だって?
 烏脇紋所提灯
http://katori.adam.ne.jp/karasu/karasumaku/tyoutin.htm

***
 日本国内には、三本足のからす(八咫烏)をモチーフしたシンボルに持つ地区が全国で5ケ所程度あるように 聞いておりますが詳しくは分かっておりません。

 和歌山の那智勝浦町に一カ所。
九州に一カ所。東北地方に一カ所。そして、わが町、滋賀県坂田郡山東町大字烏脇。
 カラスの多くはやたがらす(八咫烏)という種類だそうです
***
 これ全部掲示板の受け売りだけどね。
 
mirokunokuni
2006/10/19 22:09
まちごうた。
 貴方の書いてくれたの違います。
 私はmirokunokuniではなくmirokuninotiです。
 
mirokuninoti
2006/10/19 22:12
http://katori.adam.ne.jp/karasu/karasumaku/tyoutin.htm
烏脇紋所提灯

 慣れないとこだとうまくいかないな。
 これです。
 
mirokuninoti
2006/10/19 22:16
貼れないのかね?ここ。つかれた、もういいです。
 
 
mirokuninoti
2006/10/19 22:17
miroku様、ちゃんと、見えましたよ。基本的には、あなたの提出していただいた絵柄と私が提出した、漢のハク画の「赤丸に鳥」というのは、同じわけで、お互い主張はそう違わない気がします。だから、誰がそれを明治維新の前後に日本のハタにしようかと言ったか、ということが私には気になり、あなたには気にならないだけでその話は平行線で疲れるから止めましょう。しかし、勉強になりました。ありがとう。感謝します。
natunohi69
2006/10/20 10:53
また江戸時代後期には薩摩藩の船印として用いられており、開国後は幕府が日本国共通の船舶旗(船印)を制定する必要が生じたときに、薩摩藩からの進言(進言したのは薩摩藩主、島津斉彬だといわれる)で日章旗を用いることになった。一般的に日本を象徴する旗として公式に用いられるようになったのはこれが最初であるとされるが、戊辰戦争時には官軍が菊花旗、幕府側が日章旗を用いており、国旗として扱われるようになったのは明治以降である。(以上Wikipediaより、抜粋。)
ま、日の丸の起源はともかく、明治維新前後に国旗に制定されたのはこういう事情で、私を含め少数であれそういう成り立ちのハタを戦後1999年にもなって改めて再度国旗としたことを不愉快に思う人々がいまだにいるのは事実です。

natunohi69
2006/10/20 12:56
mirokuninotiさんへ

kusukusuさんのブログにあった私宛のコメントへのレスをこちらに出しておきます。
>少なくとも「韓国(からくに)の文明」については拡散経路はむしろ「朝鮮半島を南→北へ伝わっている」ことが明らかになってきています。

 suzuranさんこれは理解していただけましたか?
  私も白村江の戦いで、あそこまで血を流す事の意味がついぞ分かりませんでしたが、この論で行くとしっくり来るのですよ。
 
 
すみません、勉強不足で検証も反論も今のところできかねるので理解したともしないとも言えない状況です。
natunohi69さんにも同じレスになり、申し訳ないです。
ーーーーーーーーーーーーー
っていうか、お二人とも上の論旨には興味がないようですね。



suzuran
2006/10/21 11:27
僕もA級戦犯分祀で解決するのがいいのではないかという考えです。
kusukusu
2006/10/21 12:06
えーと、靖国は、A級戦犯の分祀は、絶対しないと思うよ。それは、靖国の建立意義自体に反するから。大雑把に言っちゃえば、伊勢神宮のような特殊例以外は、江戸時代より前の神社は、基本的に敗者、反対制側の怨念を鎮めるための敗者のための神社だったわけだ。それが、江戸時代からこちら、体制側のための神社、勝者の側のための神社、というものが出来てきたわけで、靖国神社は、初めて公然と、明治維新で勝った側、つまり薩長の死者だけを祀る神社になったわけで。だから、日露戦争の死者を祀る時点まではそのコンセプトで良かったわけ。だけれど、15年戦争の最中まではともかくその敗戦が決定した時点でそのコンセプトを変えるか、凍結するか、リベンジして再度勝つことの三択をしなきゃならなかった。その中でA級戦犯を祀ったということは、靖国がずっと、勝者のための神社で行く、ということを選択したわけで、今さらA級戦犯を分祀したら、「日本がいつか、改めて西欧に戦争で勝つ」「その時に勝利のための犠牲になった人々を祀る」という靖国自体の建立時、そして戦後改めて選びなおしたコンセプトを否定することになる。
natunohi69
2006/10/21 18:57
(上の続き)
林房雄の『大東亜戦争肯定論』で私は、馬関戦争から大東亜戦争の敗戦までを一貫したものとして見ることを学んだ。戦前のマルクス主義者で戦後右翼に転向した人々の歴史観は馬鹿にしたものではない
natunohi69
2006/10/21 18:59
>っていうか、お二人とも上の論旨には興味がないようですね。

ていうか、suzuranさんも、kusuksuさんも、判決自体に興味が無くて、全然別のところへ議論を持っていっているような気がするのですが。
何度も言うとおり、判決の主語は、あくまで「日の丸」「君が代」で「国旗」「国歌」では無いのですから。
natunoho69
2006/10/21 19:08
あ、もし靖国が、俗に言われるように敗者も祀ることを認めた、とか、死んだら、勝者も敗者も無い、というんだったら、まず真っ先に戊辰戦争の敗者たる人々(会津を筆頭に)を祀るはずなのにそれは絶対しないわけだからね。
natunohi69
2006/10/21 19:26
あのー、僕は個人的な意見としてA級戦犯分祀をするのがいいのではないかと思っているだけですよ。
それが靖国神社の歴史的経緯と異なるものであるならば、その靖国神社の方針を変えられたらいかがでしょう、特例としてそうしたことをしたらいかがでしょうかと個人的に靖国神社に対して意見を述べているだけです。
靖国神社の歴史的経緯としてそのように出来ないと言われても、そこを特例として出来ないかと僕は言っているのです。あくまで私的な意見としてです。
kusukusu
2006/10/22 14:10
高橋哲也『靖国問題』を読めばわかるけれど、A級戦犯をはずせばよい、という問題でもない、と思うし、靖国が簡単にA級戦犯をはずすわけも無い。
基本的には、日本が外国と戦争をすることを、精神的に応援する装置なのだから、この神社は。その本質を解体しないと、イラクや中東、東アジアで今後「自衛隊」の戦死者がどんどん、出るだろう。「靖国」にまつってやるから安心せい、との掛け声のもとに。従順に「日の丸」に敬礼し「君が代」を歌うように、人を殺し、殺されろ、と。
natunohi69
2006/10/23 05:20
>基本的には、日本が外国と戦争をすることを、精神的に応援する装置なのだから、この神社は。その本質を解体しないと、イラクや中東、東アジアで今後「自衛隊」の戦死者がどんどん、出るだろう。

靖国神社があるから戦死者が出るのではありません。
国旗国歌が日の丸、君が代だから戦死者が出るのでもありません。
戦争をするから戦死者が出るんですよ。
靖国神社でない別の国立追悼施設をつくり、国旗国歌を日の丸、君が代でなくしても、戦争をすればその新しい追悼施設が戦争で死んだ兵士をたたえる場になり、新しい国旗国歌が戦争に行く人間を掲揚するものになるのです。
たとえば国歌を「海ゆかば」にしても同じことだと思いますよ。
kusukusu
2006/10/23 10:29
本日(10月26日)の朝日新聞13面、オピニオン欄でまともな、保守派知識人の典型である、劇作家の山崎正和氏が述べている「愛国心」「靖国神社」についての意見が、かなり、これらの問題の核心をついていると思うけれど。
suzuranさん、kusukusuさんは、どう思われるでしょうか?
natunohi69
2006/10/25 12:23
だから、基本的には僕は国家が消滅して世界連邦が出来るのがいいという考えですので、そもそも国立追悼施設とか国旗、国家というもの自体に基本的に反対なんですよ。
「靖国神社」とか「日の丸」「君が代」を特別視して反対しているわけではないんです。
そもそも「国家」というもの自体に反対なんですから。
「愛国心」はありとあらゆる意味で僕にとってはいらないものです。自分の国だけを愛するのではなく全人類を愛することを世界中の人達が基本にするのがいいと思います。
kusukusu
2006/10/25 12:42
まあ、これはちょっと極論かもしれないけれども・・
でも、基本的にはそう思う。あまりに現実離れした意見になるかもしれないけど・・
たとえばオリンピックで表彰式で勝った選手の国旗、国家を顕彰したりすること自体、僕はやめてしまえばいいと思ったりするんですよ・・
だから、僕が言っているのは、「靖国神社」とか「日の丸」「君が代」だけを特別視すること自体がすでにもう「日本」という国を特別視した考えであるのではないかということなんです。
日本であっても、アメリカであっても、どこの国であっても、そんな風にひとつの国を特別視することが戦争につながるわけですね。
「靖国神社」「日の丸」「君が代」が問題ではないのです。戦争しているのは世界中の国が戦争をしているのですから。
世界中の国が「愛国心」のもとに戦争しているんですよ。
「靖国神社」「日の丸」「君が代」に問題を特化するのではなく、全人類の普遍的な問題として僕は考えてほしいんですよ。

kusukusu
2006/10/25 12:50
上の書き込みで「国家」と「国歌」がごっちゃになっていました。すみません。

というか、natunohi69さんはそれで一体、どういう考えなんですか?
靖国神社はこう言っているとか、林房雄、高橋哲哉、山崎正和がどうとか言うばかりであなたがどう考えているのかがよく分からないんですが・・

僕はかなり真面目にざっくばらんに自分の考えを打ち明けてレスしているのになんか、議論になりません・・
大体、上のような、やっぱり世界連邦が出来るのが一番だと思うということを書いてしまうと、僕がいまだにかたくなに共産主義を心棒している原理主義者であることがバレバレになってしまうんで、自分としてもここまで言ったらやばいかなと思いつつ、それでも書いているんですよ。
もっとも僕は原理主義者だけど、自分と異なる考えを排斥しようという考えは一切、ありません。「靖国神社」「日の丸」「君が代」を否定しようという考えもまったくありません。あくまで受け入れた上で、自分の個人的な異論を述べているんですよ。僕はずっとそうですよ。
kusukusu
2006/10/25 13:36
みなさん、コメントどうもです。
毎日ネットできないのですみません。

>国旗、国歌法ができるまで長いこと、君が代、日の丸は国歌でも国旗でもなかったわけ。それを戦後ずっと国旗、国歌があったようなことを言うのは間違い。

間違いとうより慣習としてあったもの、を用いていただけでしょう。
それを法制化されていないから認めない、という論理に対抗するために法制化を行った、、、のでは?外国ではどうなっているんでしょうね。

また、敗戦の間違いを旗や歌に求めても無理ではないでしょうか。
私は当時の日本エリートに国際感覚が欠落していて無知だった為に視野狭窄に陥っていたことが強硬派や民間右翼の暴走を許した、と思っています。

suzuran
2006/10/25 16:21
続き。

特に幣原外相時代におきた南京事件(国民党の「蒋介石が北爆で在中外国人地区を襲い殺傷した)の時幣原氏は「中国人のナショナリズムの台頭は歴史の必然」という妥当な理解があったのに、国内エリートになかった為、幣原氏は軟弱外交と非難され内閣を解散させられた。
この時中国にいた連合諸国のボス英国は蒋介石に最後通牒を突きつけようと日本に協力を求めるが幣原氏は拒否、彼らを大使館に招き説得する(この態度は英国、他の白人諸国に大きな衝撃を与えたのではないか、と推察している)


後の田中首相が数回もの山東出兵をしたことをきっかけに英国がついに態度を急変させ、中国の民族主義を擁護する側に回り、日本と敵対することになってしまった。このあたりから敗戦にまで暴走しつづけ現在に至っているのでは。

suzuran
2006/10/25 16:31
続き。
英国は賢い選択をした、と思います。
これで彼らは戦後も今も自らの戦争犯罪の追求を免れていることができた、のでは。戦争慣れで要領がいいのですね。その点日本人は若葉マークだった。
ーーーーーーーーーーーー
クスクスさんへ。

靖国神社にはいるのはいいですけど、その前に「公共の福祉に反する行為」に関してはどうですか。
日本人はまだまだ自らを小さな存在として認識している為、お上意識や他力本願的な性癖も残っているのでは。そういう国民性で地球市民意識を求めるのはあまりにも飛躍しすぎで時期尚早では。
現実の意識の進歩にあわせて一歩づつ進んでいくしかないのではと思います。

suzuran
2006/10/25 16:49
>「靖国神社」「日の丸」「君が代」に問題を特化するのではなく、全人類の普遍的な問題として僕は考えてほしいんですよ。
>そもそも「国家」というもの自体に反対なんですから。
「愛国心」はありとあらゆる意味で僕にとってはいらないものです。自分の国だけを愛するのではなく全人類を愛することを世界中の人達が基本にするのがいいと思います。

その理想は基本的に同感です。が、現実を無視してその理想を一気に現実化する、、日本人から世界初の「国家意識を失くす」という実験をすることには反対です。無謀すぎます。
suzuran
2006/10/25 16:58
>ていうか、suzuranさんも、kusuksuさんも、判決自体に興味が無くて、全然別のところへ議論を持っていっているような気がするのですが。
何度も言うとおり、判決の主語は、あくまで「日の丸」「君が代」で「国旗」「国歌」では無いのですから。

判決自体に興味がない・・・?
私は都教委の強制は悪いけど教師も職務放棄だ、と言っていますが?
判決の主題は「都教委の強制は是か非か」ではないでしょうか。

>靖国神社があるから戦死者が出るのではありません。
国旗国歌が日の丸、君が代だから戦死者が出るのでもありません。

同感です。
suzuran
2006/10/25 17:15
>その前に「公共の福祉に反する行為」に関してはどうですか。

別に歌わない教師がいるというだけでしたら、変わったやつがいるなあと無視すればいいことで、法律で罰するほどのことではないと思います。

>その理想は基本的に同感です。が、現実を無視してその理想を一気に現実化する、、日本人から世界初の「国家意識を失くす」という実験をすることには反対です。

そんなことは言っていません。
あくまで理念としての考えを言ったのであって、それを現実にすぐ実現するべきであるとは考えていません。そもそも出来ないし。僕が個人的に思っていても、誰も同意してもらえないなら実現できないでしょう。
ただ個人的な理念としてはこう思うということで言っているのであって、実際に世界連邦が出来るなんてことは何百年か何千年か先になるというのか、自分が生きているうちには実現不可能な話だと思いますよ。ただ僕が死んだ後も誰かがそうした理想を追い求めて、やがては人類がこうなってほしいという願望を言っているのであって、今すぎに日本をそうしようという話であるわけがありません。
kusukusu
2006/10/25 18:02
suzuranさんとは意見が重なるところもあるようですが、以下のところが違うのかもしれません。

>こうした流れが拉致犯罪を許したのではないだろうか。
>「健全な」国家観を育てることは必要だ。それがなくして当たり前の危機意識は生まれないと思う。

僕は拉致問題は国家観の欠如というより、少数者を切り捨てる高度経済成長の資本主義社会が生み出したものだと思っています。
もともと日本の戦後の経済成長は朝鮮戦争の特需から始まったのであり、朝鮮に関する利権を温存させたほうが日本経済的にもメリットがあったのだと思います。それで与党、野党ともにそうした利権に群がる政治家がいたわけで、そのことが拉致問題を棚上げにしてきた大きな要因ではないでしょうか?
だから国家観という全体主義的なものが欠如していたというより、高度経済成長という多数者の利益の追求する中で少数者の被害者が切り捨てられていることで起こったことなのではないでしょうか?
だから「公共の福祉」が欠如していたために拉致事件が起こったというより、公共の多数者の利益のために切り捨てられたのが拉致被害者なのではないかと思うのですが。
kusukusu
2006/10/25 21:58
>>その前に「公共の福祉に反する行為」に関してはどうですか。
>別に歌わない教師がいるというだけでしたら、変わったやつがいるなあと無視すればいいことで、法律で罰するほどのことではないと思います。

現実を無視したご意見に思えます。日本全国で国家意識の希薄な日本人が年々大量生産されるリスクについて、完全に棚上げしていないでしょうか。
貴方はむしろ国家意識などない方がよい、と言われていますがそういう意識が左派系に多く裁判での教師達と近いように思えます。
私は狭い意味での“セクト意識”こそが問題ではないか、とつねづね感じていました。セクトとは分派、宗派、派閥、とあります。あの教師達がどんな認識だったのかは不明ですが、「彼ら対自分達」のようなくくり方で物事を見てその図式にはまってしまってその中だけで考えている,のではないか、という疑念があります。自らの立場を絶対視している。
平和・人権を主張しながら、自ら裏切る結果になっていることを認めようとしない、そんな矛盾を感じてならないのです。
suzurn
2006/10/26 11:15
続き。
その結果とは国家意識が希薄な外務省が拉致を放置してきたことです。
国の権力のトップが国家意識・危機意識が希薄では外国に対して国家主権を主張することはないし、国民の安全を真剣に考えることもできないでしょ
う。

>僕は拉致問題は国家観の欠如というより、少数者を切り捨てる高度経済成長の資本主義社会が生み出したものだと思っています。

少数者切捨ては資本主義の十八番ではありません、現に北朝鮮は徹底した切捨て主義で国民を飢え死にさせていますね。
内向きの見方では要因の一つと言えるでしょうけど、外務省は国際外交を通じて一国の平和と安全、発展を目標にしているはず。
suzuran
2006/10/26 11:24
たしかに左翼のセクト主義の障壁はいろいろあるかと思うのですが、拉致問題に関しては右とか左とかは関係ないのでは。
もちろんsuzuranさんのように国家意識の欠如の問題としてとらえそのような問題意識から拉致問題にアプローチする立場はあるでしょうし、それはそれでいいと思います。
ただあくまで僕個人の考えがその点は異なるということです。
また僕自身は決してセクト主義にこだわって拉致問題は解決されなくていいとは一切、考えていませんので、その点は誤解のないように思います。
たとえば僕は、拉致問題の集会に参加したり被害者家族とともに国会前の座り込みに参加したこともあります。自分は左の思想の人間ですが、右とか左とか、セクト主義をこえて、拉致被害者家族の方々を支援しようと思って参加したものです。特に国家意識の問題にまでからめなくても(もちろんそれは僕自身がそうだということでsuzuranさんのように国家意識の問題として考える方はいてもいいとは思うのですが)こうした人達をなんとかして救えないかという思いがあれば右でも左でも連帯して運動は出来るのではないでしょうか?
kusukusu
2006/10/26 12:58
とにかく僕自身はセクト主義とかにはあまりとらわれないようにしようと思っていて、だからけっこうそういう枠をこえて発言したりしているほうなのではないかと思うのですが・・。
君が代、日の丸を歌わない教師に対しても個人的には批判的で、実際、そういう運動をしている方から署名を求められて応じず、こうした運動をしていることには疑問を感じると言ったら口論になったこともあります。
そういうことを言ったり、拉致被害者家族支援の運動に参加したりしているので、あいつは変なやつだとむしろ、セクト(?)からは白い目で見られています。
でも僕はやっぱり自分個人として、これがいいのではないかと思えることを貫きたいですね。
しかし、自分の考えを他人に押し付けるつもりはもちろんありませんし、国家意識がない方がいいというのはあくまで僕個人の考えであって、他人に押し付けるつもりはありません。
kusukusu
2006/10/26 13:16
同時に、自分と異なる考えの人がいても、そういう人がいることも尊重したいと思うのです。
だから、日の丸、君が代を歌わない教師の行動に対しては個人的には批判的なのですが、そうした考えの人がいることは自由であり認められるべきものだと思うので、歌わないことを罰することではないのではないという考えなのです。決して、その教師の行動に賛同しているから罰する必要がないと言っているわけではありません。
kusukusu
2006/10/26 13:16
ただ罰する必要はないけれども、どうしてそのような行動をするのか、都の教育委員会はそうした教師達を集めて、とことん話し合えばいいと思います。合宿でもなんでもして。石原都知事もいっぺん腹をわって、とことんそうした教師たちと話し合ってみればいいと思う。どっちもかたくなにならずに話し合いをしてほしいなあ。そうしたら、なんらかの理解がうまれるかもしれませんよ。
kusukusu
2006/10/26 13:22
ざっくばらんなご意見、気持ちよく拝見しました。

クスクスさんは、どうしても国家意識、危機意識の希薄さが国家の安全を脅かし国家中枢を担う人々の堕落につながる、という理屈をご理解いただけないようです。

でもクスクスさんが狭いセクト主義からの脱却を試みている、ということに
敬意を表したいと思います。
これはなかなか勇気が要ります。また言論の自由はだれにでも保障され尊重されるべきことは当然です。私は討論・反論しあうことに意義があり前進がある、との立場です。


クスクスさんはあの教師達が起立、斉唱しない自由を認めよ、罰する必要はない、とおっしゃいました。
私は判決要旨にあるように「強制ではなく自然のうちに定着するよう指導する義務がある」とした判断を支持します。

個の自由を優先して、職業の義務を放棄する考え方は、自分勝手です。
職業選択の自由があるのですから。
suzuran
2006/10/26 17:08
>クスクスさんは、どうしても国家意識、危機意識の希薄さが国家の安全を脅かし国家中枢を担う人々の堕落につながる、という理屈をご理解いただけないようです。

suzuranさんの議論によれば、まるで日本の外務省や左翼が拉致の主体であるかのようですね。(全くそうでないわけでもないですが)

拉致の主体は、朝鮮民主主義人民共和国の官僚たちでしょ。彼らは、国旗、国歌に対する意識が希薄で国家意識が希薄であり、危機意識が希薄だから、堕落して拉致を行なったのかね。いや、あくまでそうだというんなら、それもありうるとは思うが、何か、suzuranさんが、そう確信する理由があるのかな。
natunohi69
2006/10/31 19:06
あのー、何か誤解なさってませんか?
北朝鮮の官僚の話って、何ですか?
拉致問題を話しているのでもありませんが、、、?
suzuran
2006/11/01 15:52

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私が考える「公共の福祉に反する行為」 まじめ人間のつれづれ日記/BIGLOBEウェブリブログ
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