まじめ人間のつれづれ日記

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zoom RSS 「教科書検定意見撤回を求める県民大会」について

<<   作成日時 : 2007/10/03 17:40   >>

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教科書検定意見撤回を求める県民大会」について
以下の文は桜井よしこさんのブログから一部抜粋したものです。全文を読みたい人は検索で出していただければ読めます。

^^^^^^^^^^^^^^^^^
(歴史の真実を語った女性)
一方、梅澤氏は昭和34年以来、沖縄への慰霊の
旅を続けてきた。その度に住民らは氏をあたたかく迎えた。そして昭和62年の慰霊のとき、一人の女性が訪ねてきて言った。

「梅澤さん、本当のことを話します。昭和32年、座間味で行われた厚生省の調査で、隊長に集団自決を命じられたかと問われ、『はい』と答えました。そう言わなければならなかったために、そう言いました。けれど、それは真実ではありません」

梅澤氏はなぜ、この女性がそんなことを知っているのかと一瞬考えた。すると女性は言った。

「あの夜、5人が隊長に会いに行きました。4人は亡くなりました。私はたった1人の生き残りです。5人の中に女性が1人、女子青年団長がいましたでしょう。それが私です」

彼女は宮城初枝氏である。初枝さんはこのあと、「国の補償金がとまったら、弁償しろ」などの非難を浴びた。が、彼女が再び発言を変えることは、もはやなかった。幾人かの住民も真実を語り始め、自決命令は宮里助役が下したと判明した。そして梅澤氏は「一番気の毒なのは故里が戦場になった沖縄県民」だと語る。

その後梅澤氏は、大江氏らの著作の出版・販売・頒布の禁止を求める訴えをおこしたが、大江氏はまだ一度も出廷していないそうだ。

日本人は戦後、戦争を反省する余り、軍に関するもの全てを悪と見做してきた。その偏った心理のなかで、梅澤氏の悲劇が生まれた。この歪んだ戦後体制からの脱却を目指すというのが安倍晋三首相である。真に戦後体制から脱却し、新しい日本を創るために、より多くの真実を探り出し、虚心坦懐、歴史の真実と向き合いたい。そして一日も早く、高齢の梅澤氏の訴えに正しい判決が出てほしいと願うものだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
いまだ係争中らしいが、大蔵さんはこうした問題を取り上げる以上、このような反論もあることを明記した上でないと、教科書記述の偏向について批判する資格を問われることにならないだろうか?私自身はどちらともいえませんが、
多分、戦争末期に直接日本軍が命令する、と言う形をとらずとも、すでに日本の伝統精神から白虎隊でも自決したように、日本の伝統がそうであったこと、と戦前の教育でもそれを良しとした教育がなされていたであろうこと、から
沖縄人集団自決が行われたのではなかったか、と思っています。ただ明確な命令、という形をとらなかったことで、日本軍の責任がどこまで問われるべきなのか、が私にも分からない。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
教科書検定
沖縄県民が、国を動かした!さらに、最近では文部省が錦の御旗として掲げていた教科書検定審議会に沖縄戦の専門家は参加しておらず、問題となっている部分は、さして議題にのぼることもなく、検定を通っていってしまったことな& ...続きを見る
Seh-Seh
2007/10/03 18:17
インナーワーク  W.ティモシー ガルウェイ
虚心坦懐という言葉が好きです。この境地と同じインナーワークの読書評をアップしました。よろしければご訪問ください。 ...続きを見る
心のビタミンスープ
2007/12/08 23:40

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コメント(52件)

内 容 ニックネーム/日時
 わたしは図書館通いをして、開戦前後の新聞を読みあさった経験があります。集団自決に軍命令はなかったにしても、その雰囲気をつくった責任が、軍中枢部にはあったと思います。明治憲法と呼ぶ、立憲君主制のもとでの軍の役割を超えた横暴の結果だとおもう。
 と、同時に、おなじ扇動を当時の新聞やラジオも担っていたし、無責任にも、それとの対決を避けて逃げ回っていた政治の責任もあったと思う。軍が消滅したから、すべての責任を軍に押しつけて、口をぬぐっている現在のメディアや政治は、まったくおなじ種類の間違いを犯していると思う。
罵愚
2007/10/04 04:31
罵愚さん,今日は。
沖縄戦の記憶・本館:国家総動員法:
http://hb4.seikyou.ne.jp/home/okinawasennokioku/
okinawasentoyuujihousei/kokkasoudoinhou.htm
(一つの URL になるよう copy & paste して利用して下さい。)
より,引用します。
>第二十条 政府は、戦争時に国家総動員上必要な時は、勅令によって新聞紙その他の出版物の掲載について制限または禁止をすることができる。

新聞等の報道機関は明治時代から戦後占領中までは,言論統制されていました。言論の自由がある現在の日本の報道機関と同一に論ずることができるとは思えません。
藍愛和
2007/10/04 18:51
罵愚さん、しばらくです。
なるほど、雰囲気を作った責任、、ですか。以前「ユダヤ人と日本人」の著者、山本七平氏は空気の研究をしていたそうですが、日本人は雰囲気で動く傾向が強いのか、情動的な性格を持っている、と私も思っていました。論理より情理が優先する伝統的精神文化があったからこそ、それほど明確な命令を下さずとも軍の要求は下々に伝達されていた、ということなのか。満州を引き上げる際にも400人もの日本人が途中で集団自殺したそうですが、同じ文化圏だから遺族から軍を批判するということはなかったのだろうか?やはり沖縄人は異民族だったから被害感情が強かったのか、さらに沖縄が最も悲惨な戦場となったこと、戦後も米軍の基地を強制されてきたこと、などがあるから、このような形になったのか。軍の明確な命令でなかった、としても異民族に日本の文化を押し付けてきたことの象徴的な出来事だったのだろう。軍の命令があった、とする証言の根拠は証明されているのだろうか?
suzuran
2007/10/05 21:58
suzuran さん,今日は。

横槍御免なさい。

>やはり沖縄人は異民族だったから被害感情が強かったのか


沖縄県の人達は本土の我々と同じ日本人であると私は考えています。私のブログ記事:沖縄県史:
http://aiaiwa.at.webry.info/200507/article_2.html
をご覧下さい。
藍愛和
2007/10/06 14:57
沖縄人が過去に異民族だったから、と言う意味で今はもちろん表向きは日本人ということになっているでしょうけど、貴方は本当に心から同民族だ、と感じていますか?意地で言ってませんか?私は正直言って沖縄の米軍基地は米国の戦略上の理由もあるでしょうけど、日本側の異民族だという意識も残ってる為のままこ扱いになってないでしょうか。彼らはもう我慢も限界点に達していて、このままいけば中国が台湾を支配下にした後、日本と沖縄との隙間をねらって浸入し、沖縄人の親中国派を増やして日本から事実上切り離そうとするかもしれません。沖縄人は仕方なく日本に従属しているだけでは
suzuran
2007/10/08 16:16
suzuran さん,今日は。
>貴方は本当に心から同民族だ、と感じていますか?

お答えする代わりに,前に紹介しました私のブログの記事を引用します。
沖縄県史:
http://aiaiwa.at.webry.info/200507/article_2.html
琉球語と本土の言語とは共通の祖語を持っています。従って、琉球の住民と本土の住民は共通の祖先から別れたと考えられます。

suzuran さんは勿論沖縄県民を本土の住民と同じ民族とお考えになっているものと私は信じます。
藍愛和
2007/10/09 14:43
藍愛和さん、コメントありがとうございます。もちろん私個人は、沖縄人が本土と比べて文化に違いがあっても、人種的にはむしろ日本原住民ではないか、と思っていましたので同民族と言う考えです。が、私は貴方個人に、というより日本政府、日本人全員に聞きたいのです。
本当に沖縄人を本土の我々と同じだ、と感じているのか?って。これまでの日本の対応はどう考えても沖縄を異民族・島民という意識もあるから、米軍の戦略上の事情も加わって、どこも嫌がる基地を押し付けてきた、のではないか。貴方はこの件に関してノーコメントですが・・・?沖縄人が日本とつながっているのは経済だけじゃないか、って思いませんか?それは本土人としてはとてもわびしい気がします。彼らのあったかい包容力に癒されてきた本土人は多いのではないでしょうか。もう少し米軍基地を本土に移動してせめて半々くらいに出来たら良いのに、、と思います。
suzuran
2007/10/09 16:51
suzuran さん,今日は。
>これまでの日本の対応はどう考えても沖縄を異民族・島民という意識もあるから、米軍の戦略上の事情も加わって、どこも嫌がる基地を押し付けてきた、のではないか。貴方はこの件に関してノーコメントですが・・・?

基地問題について何かコメントするような準備は出来ていませんが,一般論として日米安保は日本にとって必要悪と私は考えています。
沖縄の基地については此までの経過もありますし極東アジア情勢が緊迫している現在,後三十年ぐらいの時間の経過を待つ必要があるように思います。その間沖縄県民に対するそれ相応の対応が欠かせないと思います。これ以上のことは今の所コメントする知識も力もないと私自身考えています。沖縄県民の方々の御意見をお聞きしたいと思います。
藍愛和
2007/10/10 10:16
こんな言い方は失礼かもしれませんが、なんだか政治家の答弁みたいでしたが、話の焦点が合っていない気がします。私が聞いているのは貴方の知識や力ではありません。貴方が「米軍基地における、本土と沖縄の違い」と「沖縄への本土政府の認識との関連性」について、貴方の感想をお伺いしているのです。
suzuran
2007/10/10 11:27
 薩摩藩の支配にしろ、維新政府の琉球処分にしろ、差別意識は歴然としています。さらに、それを促進させたのは、戦争とそれにつづくアメリカの高等弁務官政府による反日プロパガンダでしょう。そして、返還後は平和主義勢力によるマインドコントロールです。
 占領政府と戦後平和主義による思想的被害は、これからの研究課題だろうと思う。
罵愚
2007/10/10 16:12
suzuran さん,今日は。
>貴方が「米軍基地における、本土と沖縄の違い」と「沖縄への本土政府の認識との関連性」について、貴方の感想をお伺いしているのです。

素人の独断と偏見による感想で良ければ申し上げます。

沖縄には米国人 12,520 人の血が流れているそうです。本土との違いです。米国が沖縄の利権を手放すとは思えません。日本政府はそのため沖縄に手厚い対策を実施していると思います。
この状態も 30 年後には変わると考えています。それまで,粘り強く基地問題を沖縄県人の希望するように解決する努力をしなければならないと考えます。

なお,宜しければ suzuran さんの御感想をお聞かせ願えれば幸甚です。
藍愛和
2007/10/10 20:06
罵愚さん,今日は。
> 占領政府と戦後平和主義による思想的被害は、これからの研究課題だろうと思う。

「平和主義による思想的被害」とは「護憲勢力による思想的被害」のことですか。護憲・改憲問題と沖縄問題を絡めることが良いこととは思えません。語護憲勢力・改憲勢力それぞれの立場で沖縄問題に取り組んでもらいたいです。
藍愛和
2007/10/10 20:11
語護憲勢力・改憲勢力は護憲勢力・改憲勢力です。すみません。
藍愛和
2007/10/10 20:15
 だれが絡めているんですか(笑)?憲法論議は、このスレッドには出てきていませんよ。過敏に反応したのは、あなたの脳細胞ではありませんか?聞くまでもなく、語るに落ちたのではありませんか?
 日本の平和運動は、左翼思想の政治運動の道具にされてきたのです。平和運動も護憲運動も人権も、青少年や教育も男女差別も環境問題までもが、全部、左翼の政治運動に利用されて、ねじ曲がってしまったのです。まったくおなじ構造のなかで、沖縄県民も利用されているのでしょう。
罵愚
2007/10/11 03:45
罵愚さん,今日は。
>聞くまでもなく、語るに落ちたのではありませんか?

落ちたかどうかはわかりませんが,「平和主義による思想的被害」とは「護憲勢力による思想的被害」のことですか,という文章は罵愚さんの「平和主義」という言葉の使い方について確認するために書きました。

「平和主義」,「平和運動」,「青少年や教育」,「男女差別」,「環境問題」,「沖縄県民」等を「左翼の政治運動に利用されて、ねじ曲がってしまった」と罵愚さんは書かれています。「左翼」以外の人達は上に列挙した問題には自分自身の主張を持っていないのでしょうか。左右の如何を問わず,此等の問題は我々にとって,現在死活的に重要な問題ばかりだと思うのですが。それぞれが自分の意見を主張してはどうでしょうか。

護憲と改憲については,現在,日本全体で議論している最中とは思います。重要問題については,常に憲法問題のように国民的な議論の盛り上がりを期待しています。そして,沖縄問題についても左翼・右翼の内向きの議論ではなく,国民的な立場から大いに議論しましょう。
藍愛和
2007/10/11 11:57
「平和主義」,「平和運動」,「青少年や教育」,「男女差別」,「環境問題」,「沖縄県民」等,と列挙しましたが,最も重要な「人権」を落としています。改めて目立つように訂正します。すみません。
藍愛和
2007/10/11 12:02
 そうです、そうです。人権をふくめて、それらの話題は、本来政治的立場の左右には無関係のはずの話題です。ところが、この国で平和主義は左翼と同義で、右翼の平和主義は平和主義とは呼ばれません。以下おなじように、人権活動は左翼と同義で、右翼の人権活動は人権活動とは呼ばれないのです。
 教科書の集団自決の記述問題をふくめて、沖縄県民は、左翼運動の犠牲者の一面を否定できないと思う。
罵愚
2007/10/12 08:27
罵愚さん,今日は。
> 教科書の集団自決の記述問題をふくめて、沖縄県民は、左翼運動の犠牲者の一面を否定できないと思う。

と言うことは,左翼は沖縄戦集団自決問題において軍命令はあったと言い,右翼はなかったと言っているのでしょうか。

昭和の戦争に於いて,身命を顧みず国に殉ずることは国民の責務ではなかったのですか。それを命令したからと言って日本人が日本人に責任を問われることはないのではないですか。
その点については,沖縄戦集団自決問題は沖縄戦住民虐殺問題,日本軍従軍慰安婦問題,南京虐殺問題とは話が違うと私は考えています。

沖縄戦集団自決問題において日本政府・軍部の責任を認め,国に殉じた玉砕兵士や自決住民の慰霊・顕彰をすることは,そのまま靖国神社問題にも通するものがある,と私は考えています。
藍愛和
2007/10/12 11:30
 「そういう事実があった」のと「そういう雰囲気があった」のでは、ちがいますよ。あなたの主張は、「雰囲気があったのだから事実もあったのだろう」という、推測にすぎない。
罵愚
2007/10/14 02:55
罵愚さん,今日は。
>「そういう事実があった」のと「そういう雰囲気があった」のでは、ちがいますよ。あなたの主張は、「雰囲気があったのだから事実もあったのだろう」という、推測にすぎない。

私は自分の意見について,一庶民の独断と偏見であると断っています。その上で,間違いがあるのなら指摘して欲しいと申し上げています。もしこのやり方が認められないのなら,ブログの世界で自分の意見を発表できないのではないですか。

もし,私の主張を否定したいのであれば,私の主張の矛盾を御教示下さい。

なお,私は「甲という事実があったから,乙という事実があっただろう」とは言いますが,「丙という雰囲気があったから,丁という事実があっただろう」とは言わないようにしているつもりです。もし,言ったのであれば御指摘下さい。
藍愛和
2007/10/14 12:30
 沖縄戦集団自決も、住民虐殺も、従軍慰安婦も、南京虐殺も、事実関係の誤解と軍の直接関与の不証明は、確定しています。甲という事実も、乙という事実もなかった…すくなくとも、軍の直接関与は証明されていないのです。
罵愚
2007/10/15 03:22
罵愚さん,今日は。
>軍の直接関与は証明されていないのです。

「軍の直接関与」とは「指揮官の署名捺印した軍命令書」のことをおっしゃっているのでしょうか。
藍愛和
2007/10/15 20:29
 どういう形であろうと、旧軍の組織的な意思が証明されていないということです。
罵愚
2007/10/16 16:36
罵愚さん,今日は。
>どういう形であろうと、旧軍の組織的な意思が証明されていないということです。

旧軍の組織的な意思は国家総動員法以後の日本政府・軍部の法律や指示等の全体を通じて明示されていると私は考えます。それらの全体は一直線に本土決戦・一億玉砕を指し示しています。
藍愛和
2007/10/16 20:44
 だったら、なにも沖縄の集団自決を特記する理由はないわけだ。
罵愚
2007/10/17 10:50
罵愚さん,今日は。
>だったら、なにも沖縄の集団自決を特記する理由はないわけだ。

昭和の戦争史において,沖縄戦は特別に重要な意味を持っていると考えています。

昭和の戦争で日本は東亜の共栄という理想を掲げました。しかし,そこには領土・利権の獲得という侵略意図があったのです。そして,昭和 13 年には,国家総動員法,昭和 16 年には戦陣訓,敗勢となった昭和 20 年には,本土決戦・一億玉砕との方針を表明しました。

沖縄県民は礼節を守る人達であり,日本政府・軍部の方針に従って,多数の住民が集団自決をしました。一部の人達の中に,自らの良心・判断に従って,自決しないことにした人達も居たとの証言があります。いずれにしても, 60 余年後の今日,集団自決の関連事項について是非・善悪を論ずることは出来ても,当事者を非難・問責することはできないと思います。
藍愛和
2007/10/18 20:26
(続きです)
日本が沖縄戦集団自決問題に関連して,今しなければならない事は,侵略戦争の反省と再発防止,沖縄県民への謝罪と補償,自決した方々の慰霊・顕彰等ではないかと思います。

沖縄戦集団自決の実態については,歴史問題として研究調査することは今後とも続行する責任が日本人にはある,と私は考えます。

沖縄戦集団自決についての教科書記述問題については,歴史事実としての研究調査の進み具合で,必要に応じて書き換えることもあり得るでしょう。

色々議論があるように,一部の権力者による不法な圧力とか,不法な大衆運動による強制とかで歴史教科書が書き換えられるようなことはあってはならないと考えています。
藍愛和
2007/10/18 20:29
 当該期間、国民に「法律や指示等の全体を通じて」「組織的な意思」を強制したのは、「政府・軍部」にかぎりませんよ。言論や報道や学会や教育者も、「政府・軍部」以上の強制力を発揮したのではありませんか?軍は、自滅したのだから、ある意味では、責任を果たしたともいえる。市民運動とか報道機関は、旧軍に押しつけて、自分の責任をたなあげにしているとはいえませんか?滅亡した旧軍に責任を押しつけて、被害者ぶっている。
罵愚
2007/10/20 03:41
 その被害は、沖縄の集団自決にかぎらない。いわゆる従軍慰安婦にはじまり、南京虐殺、旧満州の住民、東南アジアの人々、連合国軍兵士、広島・長崎の被災者、東京大空襲、そしてなにより、靖国に眠る英霊たちもまた被害者だといえる。そのなかで、あなたは集団自決者は特別だというわけだ。
 わかってもらえますか、ここであなたは二重の選別を実施している。被告として、旧軍だけを特別に選別し、被害者として、集団自殺者だけを特別に選別している。これって、二重の差別ですよねえ。おなじ被害者や加害者のなかから、旧軍だけを特別に加害者にえらび、集団自決者だけを特別に被害者に選ばないと、あなたの主張は成立しません。その差別をおこなう理由は、何でしょうか?ただ「特別だ」というだけでは、説得力をもたないことは、あなた自身にも、わかっているんでしょう?
罵愚
2007/10/20 03:41
罵愚さん,今日は。
昭和の戦争は日本政府・軍部の国家総動員法のような統制下で行われました。

昭和の戦争期間中,権力を掌握して,法令や勅令を発して国民を統治したのは日本政府・軍部です。その他の,言論や報道や学会や教育者等の人達が日本政府・軍部の方針に反する活動をする余地は全く無かったと考えます。

だからといって国民全体に戦争責任がないとは言いません。しかし,先ず日本政府・軍部の戦争責任を戦後の政府が認めるべきです。そして,市民運動とか報道機関は、旧軍の間違いを追及して,戦後の政府に旧軍の責任を認めさせることが,自身の間違いの責任をとることになる,と私は考えます。

特に,敵軍を眼前にして,完全な軍の統制下にあった沖縄での住民集団自決の責任を旧軍以外の何かが負うことができるとは思えません。
藍愛和
2007/10/20 19:10
(続きです)
昭和の戦争における被害者について,過酷な日米最終決戦場となった沖縄の集団自決した人達は,日本人の中で最も悲惨な目に遭った被害者の例の一つではないでしょうか。
そして,昭和の戦争の持つ矛盾性が,敗戦間際,沖縄住民の上に悲劇的かつ集中的な惨禍をもたらしました。しかもその矛盾性は巨大米軍基地問題として現在まで沖縄の負担として残っています。それらの事実が昭和の戦争で沖縄戦が特別の意味を持つ理由であると思います。

昭和の戦争の被害については,あらゆる事柄が,あらゆる所で,繰り返し取り上げられています。沖縄戦集団自決もその一つであり,今回はその沖縄戦集団自決問題について議論しています。罵愚さんは,問題を昭和の戦争全体にまで拡大して議論されるつもりでしょうか。私はそれでも構いませんが。
藍愛和
2007/10/20 19:14
 二重の選別の理由は、何ですか?答えになっていないように思えますが…
罵愚
2007/10/28 17:02
ばぐさん,今日は。
>二重の選別の理由は、何ですか?答えになっていないように思えますが…

答えになっていないと判断された根拠,又は理由を具体的に御指摘下さい。
藍愛和
2007/10/29 19:33
>ばぐさん,今日は。

お名前をミスタイプしました。謹んでお詫びします。
罵愚さん,今日は,と御訂正下さい。
藍愛和
2007/10/29 19:35
 あなたは集団自決は特別だと書いているでしょう。特別の理由をお尋ねしています。
罵愚
2007/10/30 04:05
罵愚さん,今日は。
>あなたは集団自決は特別だと書いているでしょう。特別の理由をお尋ねしています。

このページのコメント欄の何処に集団自決は特別だ,と私は書いていますか。又,何に較べて特別だと書いていますか。この二点について具体的に御指摘下さい。
藍愛和
2007/10/30 20:14
 『2007/10/18 20:26』の刻印が押された藍愛和 さん名義のコメント文に『昭和の戦争史において,沖縄戦は特別に重要な意味を持っていると考えています』とあります。あなたのお書きになった文章ではありませんか?
 なにと比較して特別かなんて、わたしに聞かれても、あなたの書いた文章の真意なんて、わたしにわかるはずがありません。むしろ、わたしの質問事項でしょう。
罵愚
2007/10/31 03:26
罵愚さん,今日は。
> 『2007/10/18 20:26』の刻印が押された藍愛和 さん名義のコメント文に『昭和の戦争史において,沖縄戦は特別に重要な意味を持っていると考えています』とあります。あなたのお書きになった文章ではありませんか?

はい,それは私の書いた文章です。しかし,その引用文中に「集団自決」という言葉がありますか。

> なにと比較して特別かなんて、わたしに聞かれても、あなたの書いた文章の真意なんて、わたしにわかるはずがありません。むしろ、わたしの質問事項でしょう。

「集団自決は特別だ」というのは私の書いた文章ではありませんので,罵愚さんにも私にもその真意がわかるはずがありません。

少し説明を加えれば,「沖縄戦が昭和の戦争史で特別」である理由の一つは「沖縄戦集団自決には軍命令があった」からです。沖縄戦集団自決には軍の手榴弾が使われました。サイパン島では断崖から身を投げたのです。
藍愛和
2007/10/31 21:40
 サイパンと比較して、沖縄のなにが特別ですか?よくわかりません。それにしても、あなたはよい比較対象を提示してくださいました。沖縄とサイパンを比較したとき、サイパンでも投身自殺は起きているわけです。手榴弾を手渡されのが、沖縄の軍命令の証拠で、サイパンでは、それがなかったから、自発的な集団自殺だったといえるのでしょうか?それが、沖縄を特別視する理由ですか(笑)。
 どちらにも、軍の命令なんてものはなかった。しかし、それ以前に、住民に自殺を強要する雰囲気…狂気のようなものがあって、それが、集団自決の原因だったと、わたしは考える。軍隊なんて呼ぶ、国家の下部組織の責任ではない。軍国主義と呼ぶ狂気が引き起こした悲劇だと思う。だからこそ、手榴弾なんて、あろうとなかろうと、沖縄でもサイパンでも、おなじ種類の集団自決が起きたのだ。そう考えるほうが、自然だと思う。
罵愚
2007/11/01 08:09
罵愚さん,今日は。
>手榴弾を手渡されのが、沖縄の軍命令の証拠で、サイパンでは、それがなかったから、自発的な集団自殺だったといえるのでしょうか?それが、沖縄を特別視する理由ですか

曾野綾子著”沖縄戦・渡嘉敷島「集団自決」の真実”ワック株式会社から,沖縄戦集団自決の状況について,一部を引用します。

 1945/3/23 午前十時,敵数十機来襲。p.102
 1945/3/24 夜明け,敵五十機来襲。p.106
 1945/3/25夜明け,敵機来襲。午前八時,敵機動艦隊接近。久場島に艦砲射撃。午前九時半,慶良間海峡に十五隻艦隊,一斉艦砲射撃。午後五時,監視船一隻を残して艦隊は海峡の外に停泊。pp.106-107
藍愛和
2007/11/01 21:31
(続きです)
 1945/3/26 夜,駐在巡査が隊長から,「軍陣地近くに住民を集めるように。」との指示を受け,防衛隊員(現地召集だが,正規兵)数人に伝達し,住民に連絡する。pp.122-123
 1945/3/27 夜,雨の中,陣地内に住民が荷物を置こうとしたが,将校に断られる。pp.149-150
 1945/3/28 午前十時,陣地の北の盆地に移動集結。陣地の北方百米の高地から敵軍の砲撃始まる。p.59
 1945/3/28 集結した住民は「海行かば」を歌い,「天皇陛下万歳」の声と共に,手榴弾(防衛隊員の持っていたもの)の爆発が起こる。死にきれなかった者は互いに殺し合った。p.170, p.175
藍愛和
2007/11/01 21:33
(続きです)
 1945/3/28 駐在巡査は隊長に報告のため自決場所の近くの谷底に隠れる。村長は家族とともに手榴弾で自爆しようとしたが,不発弾だった。周りの死にきれず苦しんでいる人達を見て陣地に行き機関銃を借ろうとするが断られ,そのまま一週間陣地に留め置かれる。pp.140-141
 1945/3/28 午後二時,生き残った住民が陣地内になだれこむ。隊長は防衛召集兵に鎮めさせた。p.67

曾野綾子先生は最初に沖縄戦集団自決に軍命令がなかったと,この本(題名は別でした)で発表されました。そして,軍命令があったとする他の人達の資料でも集団自決の状況については,大体これと似ています。しかし,その状況の評価は両者で食い違っています。
藍愛和
2007/11/01 21:36
(続きです)
一方,サイパン島玉砕ではこのような評価の食い違いがあるとは,私は聞いていません。もし,あるのでしたら,御指摘下さい。
罵愚さんのおっしゃる軍国主義という狂気は二つの集団自決において共にありますが。

なお,これらの状況から沖縄戦集団自決には軍命令があった,と私は判断します。だから,沖縄戦は特別である,と私は言いました。

沖縄戦集団自決について,それが軍命令によるものならば,殉国の勇気ある行動であり,軍命令によらないのであれば,唯の自殺である,と私は考えます。
但し,沖縄もサイパンも自決の原因は日本政府・軍部の命令による所が多大であり,両者の違いは,軍隊に属する軍人から,自決現場に於いて直接指示・命令されたか,されなかったかの違いです。
藍愛和
2007/11/01 21:38
 『軍の命令』って何ですか?あなたは、なにを指して軍の命令と規定してはなしておられますか?
罵愚
2007/11/02 06:16
罵愚さん,今日は。
>『軍の命令』って何ですか?あなたは、なにを指して軍の命令と規定してはなしておられますか?

他のブログでも話題になったのですが,角川漢和中辞典によりますと,軍令とは,「軍事上の法令,軍事上の命令,陣中の命令,天皇が統帥権によって陸海軍に発した命令」とあります。軍命令というのは辞書にないのですが,素人考えで,軍命令とは,「軍事上の法令,軍事上の命令,陣中の命令」のことと考えてもよいのではないかと思います。
小学館大辞泉によりますと,命令とは,「上位の者が下位の者に対して,あることを行うように言いつけること。また,その内容。」とあります。この意味ですと,命令とは直接口頭で相手の態度・行動・思考等を強制すること,とすることが出来るかも知れません。
藍愛和
2007/11/02 20:52
(続きです)
しかし,軍命令書と言いますと,文書でも良いわけです。さらに,身振り,信号,目配せ,暗号等も命令する方法と考えられます。軍事上の事柄について,その権利を持つ者が,誰かの態度・行動・思考等を強制することが,軍命令である,と言うこともできるのではないか,と私は思います。
藍愛和
2007/11/02 20:55
 ならば、軍命令がなかったことは、証明済みですね。
罵愚
2007/11/05 05:48
罵愚さん,今日は。
>ならば、軍命令がなかったことは、証明済みですね。

証明済みである,と罵愚さんが主張なさる根拠を挙げてください。

軍命令がなかったことの根拠として挙げられている証拠についての信憑性には疑問があることを,
罵愚さん:教科書検定「沖縄の集団自決」 :
http://bugswebblog.at.webry.info/
200710/article_3.html

のコメント欄で申し上げました。御一読下さい。
藍愛和
2007/11/06 20:15
 わたしのブログでも、あなたの根拠は、あなたの心象風景だけで、軍命令の実在証明はなかったことが確定していますよ。つまり、あなたとの長い対話の結論は、軍命令の不在でしょう。
罵愚
2007/11/07 02:38
罵愚さん,今日は。
> わたしのブログでも、あなたの根拠は、あなたの心象風景だけで、軍命令の実在証明はなかったことが確定していますよ。

それは罵愚さんの思い込みです。私は軍命令の実在証明として,一斉住民集合と手榴弾とを示しました。それらの実在は軍命令がなかったと主張する人達も認めています。

>つまり、あなたとの長い対話の結論は、軍命令の不在でしょう。

その結論は罵愚さんの思い込みです。そのことは
罵愚さん:教科書検定「沖縄の集団自決」:
http://bugswebblog.at.webry.info/
200710/article_3.html

でも申し上げました。御一読下さい。
藍愛和
2007/11/07 19:53
(続きです)
軍命令の不在を主張している人達の,不在の根拠として示された証拠は陣中日誌と指揮官のノート等です。
罵愚さんのブログ:
http://bugswebblog.at.webry.info/
200710/article_3.html
から引用します。
>陣中日誌は戦闘詳報,命令会報と二冊の陣中日誌を後に編集して一冊にしたたもので,一切の追記誇張・削除なし,と編集者は主張しているそうです。それ程自信を持って言えるのなら,元の文書や陣中日誌があるでしょうから,そのままのコピーを見せて貰いたいです。後日編集したタイプ印刷の陣中日誌では,その信憑性は保証されません。
藍愛和
2007/11/07 19:55
(続きです)
>指揮官のノートは昭和二十一年三月捕虜収容所で貰ったらしいノートにしたためたものだそうです。そのノートに,自分に不利な記録を残すとは思えません。

指揮官のノートについて附言しますと,捕虜収容所に入れられて後に,戦時中の特攻精神に凝り固まった指揮官自身の信念・行動の真実を,そのノートに残したであろうとは何人も期待しないでしょう。戦後,周囲の恐ろしいまでの非難・中傷・敵意の中で,自己の戦中の記録を発表するとしたら,それは自己弁護以外にはありえないでしょう。 

もし,戦中に自筆で書いたノートが現存し,それが本物であることが証明され,そしてそこに常に玉砕・自決を否定し,玉砕・自決阻止に如何に努力したかが記されているとするならば,直ちに軍命令はなかったことが決定します。今示されている指揮官のノートは信憑性が保証されていません。

したがって軍命令の不在は陣中日誌と指揮官ノートとのいずれによっても充分に証明されているとは言えない,と私は思います。
藍愛和
2007/11/07 19:58

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「教科書検定意見撤回を求める県民大会」について まじめ人間のつれづれ日記/BIGLOBEウェブリブログ
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